中国映画情報!今月の紹介は『小さな村の小さなダンサー』です。

中国映画情報
映画プレゼンター、松下由美さんが中国語圏の映画を紹介するコーナーです。
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2010年 8月
『小さな村の小さなダンサー』

『小さな村の小さなダンサー』

『小さな村の小さなダンサー』

小さな村の小さなダンサー│イメージ
夢を聞かれると、「毛主席の紅衛兵になりたい!」と語った11歳の少年は、国によってその人生を運命づけられることになる。1961年に山東省の農家の七人兄弟の六番目に生まれたリー・ツンシン(李存信)。ジョアン・チェン(『ラスト、コーション』『四川のうた』)演じる母が、映画の中では彼を「六人目」と呼んでいる。文化大革命期の農村の暮しは貧しく、干し芋を主食に飢えをしのいだという。長男と次男は紅衛兵となり家を出ている。両親は無学だったが子供たちに愛情を注ぎ、物語を聞かせて育てたことが、リー少年の感性を育んだ。物語のひとつが「暗い井戸の中で暮らす蛙にも、井戸を出られれば空の下のより広い、よりよい世界が待っている」という話。

果たしてリー自身がその蛙となるチャンスが巡ってくる。毛沢東主席夫人であり、共産党文化部の江青女史の政治的文化政策により設立された北京舞踊学院への入学試験のため、査察団が運動能力に優れた子供たちを探しにリーの学校へもやって来た。500万人に一人という難関を突破したリー。だがそれは、親元を離れて北京でバレエの特訓の日々を送ることを意味した。ただしここで小さな村の小さなダンサー│イメージも入学の条件として先祖に知識階級や富裕層がいなかったかを党に確認させられる。息子の将来を思い、子供を手放す両親。しかしこの時点では、誰もバレエのバの字も知らない。学院での生活ではホームシックと劣等感に苛まれたリーだが、恩師との出会いと別れやいくつかのきっかけを経て、ついには視察に来たヒューストン・バレエ団の芸術監督、ベン・スティーヴンソンの目に留るまでの実力を身につける。お互いほのかに思いを寄せ合っていた少女を相手に踊っていたリーに、スティーヴンソンが、自分が連れて来たプリマドンナと組ませるシーンが印象的だ。

1979年、18歳のリーは毛主席時代初の文化分野交流の研修生としてヒューストン・バレエ団のサマースクールに参加するチャンスを手にする。バレエの実力に加え、「資本主義の誘惑に勝つ強さ」があることが選ばれた理由のひとつだが、まさにこの意志の強さによって彼はその後の運命を切り開いて行く。

80年代のアメリカの雰囲気とディスコ・ミュージックなどが、中国の閉ざされた政治状況と対比されて上手く描かれています。当時は冷戦時代。アメリカにおいて共産圏は敵と見なされていたことを考えると、リーという個人がいかに希有な存在だったことか。そして彼の孤独と苦悩は計り知れないものだったでしょう。当時亡命をするということは二度と祖国の土を踏めず、家族にも会えないことを意味していたのですから。

小さな村の小さなダンサー│イメージ

この作品はオーストラリア映画です。もし中国人の監督が撮ったらどんな風になるのか見たい気がしますが、この映画は現在ではバレエ界から引退し、妻と三人の子供とメルボルンに暮らすリーによる自伝「毛沢東のバレエダンサー」が原作です。この本を読んで映画化を最初に考えたのが、オーストラリア映画の名作『シャイン』(96年 スコット・ヒックス監督)の脚本家ジャン・サーディ。『シャイン』は筆者にとってまさに魂を震わせた映画で、音楽が五感を刺激し、父子の葛藤を絡め見事な人生のドラマが綴られており、ジェフリー・ラッシュの主人公が乗り移ったような演技が見事でした。本作は事実がドラマチックであるだけに、ブルース・ベレスフォード監督(『ドライビングMissデイジー』)の演出はきれいにまとめられている感はありますが、バレエ・シーンの挿入が効果的で、しばし夢心地を楽しめます。

北京舞踊学院では京劇、雑技に武術までもバレエの授業に取り入れられているという。
青年時代のリー、そして成人したリーを演じるのはともに北京舞踏学院出身の俊英。リー同様11歳からバレエを始めたグオ・チャンウは、2006年にローザンヌ国際バレエコンクールで受賞し、奨学金でオーストラリア・バレエ学校で学び、現在はオーストラリア・バレエ団に在籍。

小さな村の小さなダンサー│イメージ

成人したリーを演じるツァオ・チーは95年から英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団に在籍。02年からはプリンシパルとして活躍しています。チーの父は現在北京舞踊学院のディレクターで、リーを教えていたこともあるとか。チーの母は音楽家で、幼い頃から学院が保育園代わりという環境で育ったチー。15歳の時にイギリスに渡り、現在は英国の市民権も持つチーですが、こちらの動画では初めてロンドンに渡った時のことや、ロイヤル・バレエ団でのとまどいを語っています。時代も背景も異なりますが、チーにも一人でアメリカに渡ったリーの気持ちがよく分かったはずです。映画では、イギリス訛りを抑え、英語があまり上手くないように、でも字幕がなくても分かるように、話すことに苦労をしているのが見て取れます。30代になったチーにとって、今回の映画出演がどうキャリアに影響をしていくのか楽しみです。

小さな村の小さなダンサー│イメージ

チーの父はヌレエフに招かれ、パリ・オペラ座で一年間学んだとのことで、チー自身も西側のビデオ映像を観る機会があったとのこと。「他の中国の子供たちが「紅色娘子軍」を踊っていた時に、私はウィリアム・フォーサイスに夢中でした」と語っています。
映画の中でも江青女史に披露するシーンがある「紅色娘子軍」。この’紅いバレエ’のシーンが何とも楽しめます。こういった’共産党バレエ’の舞台も是非見たいものです。

近頃中国では文革時代へのノスタルジーから「文革ショー」なるものへの人気が広がりつつあるようです。生活にゆとりが出てきたことによる回顧主義でしょうか。ドイツにおけるオスタルギー(オスト=東へのノスタルジー)は、資本主義のよる不平等への不満と東独時代への郷愁が表裏一体となったものですが、中国の場合は豊かになった故に、文革世代にはこのような回顧系の癒しが広がっていくのかもしれません。

小さな村の小さなダンサー│イメージ

リー・ツンシン本人のオフィシャル・サイトでは、彼の講演の情報も載っています。現在はストックブローカーであると同時に自己啓発の講演者、作家として活躍しているとは何ともたくましい。ちなみに昨年のオーストラリアン・ファザー・オブ・ジ・イヤー賞も受賞しています。こちらの動画では三人の子供たちも登場し、リーは昨年亡くなった自身の父が手本だったと語っています。中国語のヒアリングにはこちらを:芭蕾王子到「最佳父亲」


『小さな村の小さなダンサー』公式サイト:http://www.chiisanadancer.com

2009年/オーストラリア/北京語・英語/117分/原題:Mao’s Last Dancer
8月28日(土)よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
「中国映画の全貌2010」7月24日(土)~8月27日(金)新宿K’s cinemaにて開催
配給:ヘキサゴン
(C)Last Dancer Pty Ltd and Screen Australia,©横須賀洋
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松下由美・・・・東南アジアとヨーロッパに長く滞在。
映画祭・映画イベントの司会・英語通訳や映画撮影の製作を担当している。
アート、インディペンデント系、アジア作品を多く担当し、中国語圏作品好きも高じて中国へ短期留学経験あり。
Sintok シンガポール映画祭実行委員。http://www.sintok.org/
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