

『第10回東京フィルメックス』・『息もできない』
昨年の最優秀作品賞受賞作『戦場でワルツを』が劇場公開中という時期に10年という節目を迎えて開催された東京フィルメックス。非商業系作品の劇場配給が難しい昨今、この極めてユニークな秀作が公開されたことは救いです。昨年の紹介記事でも触れましたが、1回目に私の香港映画観を変える作品とバフマン・ゴバディ監督のデビュー作『酔っぱらった馬の時間』に出会えたことはとても大きな意味を持ちました。その後も毎年足を運んでいますが、今回は林加奈子 東京フィルメックス・ディレクターが意識して何度も「映画の未来」という映画祭のモットーを口にしていると感じました。日本だけでも数多くある映画祭ですが、携わっている人たちはまさに映画の未来のために誰しもやっているのではないでしょうか。それは映画を愛する観客とて同じことです。映画を取り巻く状況も時代によって変わり、この度の経済危機の波ももろに受け、それは製作する側の資金集めから、観客にとっては見たい映画も諦め数を絞るといったあらゆる行動に反映されます。そして映画祭の果たす役割も問われますが、今年のフィルメックスでは充実したセミナーや映画人を囲む企画が開催されました。
マレーシアやシンガポールの監督と組んでいることから私も気になっていた森永泰弘氏を迎えての<世界を舞台に活躍する若きサウンドデザイナー>セミナーもあり、林ディレクターは「この人こそ映画の未来」と推していました。フィルメックスの掲げる「才能ある作り手の方々と熱心な観客のみなさまとの心の架け橋となる」を実践する企画で、今後森永氏が世界の誰と組み、どんなことを仕掛けていってくれるのかわくわくさせられます。
<映画の字幕翻訳を考える>セミナーも字幕翻訳者や映画祭関係者を集め盛況でした。世界で一番洗練されていると言っても過言ではなさそうな日本語字幕の世界。的確で滑らかな字幕で映画を見たいのは山々ですが、それを作るには熟練した翻訳者と技術料がかかります。すべての映画祭がそれを払える状況ではない場合、多少レベルが下がっても映画を見られる機会が増えるならよしとするべきか、あるいは観客を選ぶとしても格段に費用を節約できる英語字幕のみとするかなど、零細映画祭には悩ましい課題です。そのような映画祭運営および作品選考に関するジレンマなどを聞けたのが<映画祭を考える>フォーラムです。東京国際映画祭(TIFF)コンペティション部門の矢田部ディレクターとアジアの風部門の石坂プログラミング・ディレクターが参加したことから話題の中心はTIFFのことになりました。この日に先立ちお会いした際、石坂氏が「アウェーで話をしに行く」と言っていましたが、ホームで話すよりもTIFFが終わって一段落したこの時期に、以前はTIFFのプログラミングを担当していた東京フィルメックスの市山プログラミング・ディレクターの仕切りで議論が展開したのはとても有意義でした。TIFF、フィルメックスともに財団法人JKAによる「競輪公益資金」の補助を受けて開催しているため、JKAの方から「そろそろ映画祭事業から卒業したい」との声が出ましたが、こういった資金調達やスポンサーとの関係は、零細映画祭を主催する筆者としても大変気になるところです。JKA側はイメージ向上、映画祭側は資金をと、双方のニーズが合致すれば幸せな結婚ですが、幸せの尺度が違えば離婚にな りかねません。
そして観客の声として発言された方は「プレミア(初)上映かいかんに関わらず、観客としては海外で話題になった作品は見たい。ゲストと観客が交流出来る機会が欲しい」と仰っていました。私はTIFFでQ&A終了後にはゲストを誘導して通行の妨げにならないところへ「避難」しながら野外でサイン・撮影会の時間を設けようとしている立場なので、今後もめげずに「避難」をして交流の場を確保したいと思いました。映画祭開催場所でこのようなイベントが無料で行われるのは敷居が低く、映画祭ファンも業界にいる人も一緒に考えていくことができる貴重な場ですから、毎年継続してもらいたいと思います。
世界三大映画祭(カンヌ・ベルリン・ベネチア)をはじめ、世界の映画祭が近年アジア作品へ注ぐ眼差しは益々熱くなり、アジア内でも釜山のような影響力のある映画祭が出てきたため、プレミア上映という点では日本に作品を提供してもらいにくいという話も出ました。TIFFとの比較では、フィルメックスはより政治的、アート系作品を選んでいる感がありますが、現在の保守的な状況では娯楽作品であったとしても映画祭がかけなければ映画を見る場がないのが現状なので、映画祭の色やプログラミングの個性でどんどん多様性を見せて欲しいところです。
作品の中にはペースがゆっくりなものもあるからでしょうか、眠りに引き込まれた方から見過ごしたシーンのあらすじを聞かれることが今年は例年より多かったのですが、寝られる方はラッキー(?)。メイン会場の有楽町朝日ホールは日参していると首も身体も痛くなり、せっかくの映画体験も苦痛と隣り合わせになってしまいます。TIFFはTOHOシネマズ六本木ヒルズがメイン会場となり、Bunkamura会場でお尻の痛い思いをせずに済むようになり映画ファンには嬉しいけれど、フィルメックスも「映画を見るための場所」で上映をして欲しいものです。朝日新聞共催故に場所の選択がないのだろうと察しますが、朝日ホールさん、そろそろ座席のアップグレードをされてもいい頃ではないでしょうか。
徒歩で15分はかかるため「はしご」は上手くいきませんが、東劇で開催された「ニッポン★モダン1930」は日本初のオール・トーキー『マダムと女房』など貴重な作品が見られるとともに田中絹代の軌跡を辿り、日本語の美しさと奥ゆかしさに触れ、30年代という日本映画の豊かな世界を堪能できました。今年は「韓国映画ショーケース」も同時期に開催され『亀、走る』、『バンドゥビ』といった優れた作品を見ることができましたが、共同企画が増えても身体はひとつなのが悩ましいところです。
東京フィルメックス・コンペティション
◎審査員特別賞
『ペルシャ猫を誰も知らない』
バフマン・ゴバディ監督の新境地。撮影場所はクルド人集落でも難民キャンプでもないイランの首都テヘラン。ヨーロッパ公演を目指し、パスポートの取得やミュージシャン確保に奔走する若者たちの青春ドラマ。様々なジャンルの音楽が雑多にあるのですが、音楽好きにはとても楽しめる作品です。まずはイランでポップ・ミュージックの演奏が禁止されているという状況自体が生み出す緊張感と音楽への渇望。そしてペルシャ語のラップにヘヴィ・メタル、これが相性いいのです。ブッシュ政権はイランを「悪の枢軸」扱いしましたが、「敵」はアメリカの音楽を取り入れ、メッセージ・ソングとして昇華している。切実な心の叫びは伝わり方も違うのですね。同じくテヘランで撮影され、ニュース映像では見られない市民の生の声が聞けるハナ・マフマルバフ監督の『グリーン・デイズ』。女性は大統領になれない現実に苦悩する舞台演出家や抑圧の中でより人間らしい生活を求め選挙のキャンペーンを思い思いに繰り広げる人たち。彼らは必死なのだが、ある意味それが娯楽にも思えるほど選挙は彼らの行き方を左右する一大事。その車から乗り出す光景は、サッカーで勝利した時に街に繰り出す様子と同じ。若い女性監督のなせる技かもしれないが、高揚する人々からどこか飄々とした本音を引き出すことに成功している。世界には、選挙妨害などで投票所に行って無事に帰ってくることがままならないような地域も数多くある。この映画をより多くの人が見れば日本の投票率も上がるかもしれません。
◎最優秀作品賞/観客賞 『息もできない』
最優秀作品賞/観客賞のダブル受賞はフィルメックス始まって以来の快挙とのことですが、それこそ椅子の座り心地が悪くとも130分一気に見せてしまう、久々に筋金入りの韓国映画との出会いを多くの方が経験したのでしょう。本作は今年1月のロッテルダム映画祭でグランプリにあたるタイガー・アワード獲得以降受賞続きの話題作で、日本でも劇場公開が決まっています。
「この強面の逸材は誰だ?」製作・監督・脚本・編集・主演のヤン・イクチュンがとにかく凄い。ここまで自分を活かし尽くしたキャスティングはあったろうかと思えるほどサンフンという主人公に血と肉を与えている。殺伐とした人生を生きてきた、不器用な男サンフン。DVを見て育った子供は同じように暴力を繰り返すというのは差別的な偏見かもしれませんが、この作品では愛に飢えたサンフンのあり方が説得力を持って描かれています。すぐに手が出るサンフンながら、彼の中にある優しさの見せ方が秀逸なのです。
監督の意図としては「韓国という社会の中に生きる人間、そして、その家族の中で生きる人間が抱えるさまざまな問題を描きたいと思ったから」そして「この映画では、それぞれのキャラクターが、自分の愛し方を知っていく過程を描いています」。当の監督の境遇はいかがなものかというと「実は両親が嫌いで、常にもどかしさを感じて生きていました。でも両親にしてみたら、社会が彼らにあまりに多くを望みすぎているので、自分の家族の幸せを考える余裕があまりないのです。そう考えると哀れな存在であると思います。私がこの映画を撮ろうと思ったきっかけは家族について悩んでいたからで、このまま放っておいたら歳を重ねてもずっと悩み続けると思ったからです。」
その一方で監督は、「私は両親のことを嫌っていながら、この映画を撮るにあたって両親からお金を借りて制作費を出してもらっていたんですね(笑)。でも、両親から借りたお金は、1か月前に奇跡的に返すことができました」とのこと。なんでも監督は家まで売り払って製作費に充てたらしく、そりゃあ受賞の喜びの「変態ダンス」(監督弁)も踊りたくなるというものでしょう(ちなみに最優秀作品の副賞は100万円)。

東京フィルメックスの上映後ティーチインにて:
中央が監督、主演のヤン・イクチュン。右は出演俳優の
イ・ファン。
女子高校生ヨニ役のキム・コッピの肝の据わった演技も素晴らしく、サンフンとの間に奇妙な絆が生まれるという設定も彼女だから納得ができます。この映画を見る限り、暴力とは結局はコミュニケーションの不毛や表現が不器用な結果の行動であるようですが、それを救うための心の繋がりはどこに求めたらいいのか。希望と不穏な余韻を残すエンディングを見ながら考えました。
同時に頭の覚めた部分で感じるのは、いい年をしながら高校生など年下または社会経験のない女性としか心の結びつきが出来ない男性を描いた映画が多いのは、例えば父親不在で育つ男性の多い現代を反映してのことだろうか〜大人の女性には悩ましい状況が続きそうです。
コンペティション部門の中華圏映画、ジョニー・トーがプロデューサーの香港のソイ・チェン監督による『意外』は香港映画ファンを裏切らない出来でしたが、ジョニー・トー色がかなり濃いです。今年のフィルメックスは、東京日仏学院との共催でフランス犯罪映画(フィルム・ノワール)の名監督、ジャン=ピエール・メルヴィルの特集上映もあり、ジョニー・トーも多大な影響を受け、リメイクを計画していると言われる『仁義』を含め、メルヴィルが生涯に残した全14作品のうち13作品を上映するという豪華な企画です。
次回はコンペ部門初のマレーシア映画(マレーシア出身ではツァイ・ミンリャン監督はフィルメックス常連ですが)『セルアウト!』のヨー・ジュンハン監督のインタビューを掲載予定です。
原題:トンパリ/英語題:Breathless/2008年/韓国/韓国語/130分
2010年春 シネマライズ他全国順次ロードショー
配給:ビターズ・エンド

『きみに微笑む雨』
今月は韓国人俳優チョン・ウソン様主演の映画を取り上げます。単なる筆者の好み…ではありません。最新作は四川省成都が舞台。四川大地震から一年後という設定で、中国政府全面協力のもとに撮影された作品です。
壊滅した街の再建のための建設重機を扱う企業の出張で –それも新婚旅行に行った同僚の代理で- 韓国から成都にやってきたドンハ(チョン・ウソン)。訪れた「杜甫草堂」で彼は留学先のアメリカの大学で一緒だったメイ(カオ・ユアンユアン)と10年振りに運命の再会をする。詩人を目指していたドンハは杜甫(712-770)が好きで、杜甫草堂で英語のガイドとして働くメイもまた杜甫に関する論文を書いている。
大学時代から惹かれ合いながら、帰国後ドンハはメイの絵はがきに返事を書くことはなかった。腰掛けで就職した企業では図らずも出世し責任が増えたため、詩人の夢はメイとともに過去のものとなっていた。しかし心の奥ではずっと忘れられなかった人が目の前に現れたら思いは再燃するもの。戸惑いながら求め合う二人の描かれ方が自然で、見ている側の気持ちもかき乱されます。
中国名物広場のダンス・シーンは、中国に少しでも滞在したことのある人には何とも懐かしい風景。踊る姿も絵になる美男美女のカップルではありますが、そこはやはり「愛の巨匠」ホ・ジノ監督(『八月のクリスマス』、『四月の雪』)、愛の試練も描いています。
筆者は前作『ハピネス』(07)公開時に監督が来日した際のイベントで司会をさせていただく機会がありましたが、静かな物腰の方で、新婚の夫人と来日中だったためか幸せオーラを発し、「愛の巨匠」の称号に照れていらっしゃいました。不器用な愛をずっと描いてきた監督は、今作でも愛に伴う痛みを描きながら、清々しさを感じさせる新境地が見られます。それは日中の野外シーンが多いことと、監督の四川の人々を応援する愛の再生のメッセージとなっているからでしょうか(チョン・ウソン曰く「この映画を撮る前に監督が結婚をしたから」)。中国との合作だからでしょうか、韓国映画らしからぬ、さらっとし過ぎている感があります。残念なことに、合作映画は様々な思惑や利益から純粋な映画芸術に影響を及ぼすケースが多々あります。この作品も、成都観光映画のような印象は否めませんが、杜甫草堂の竹林の清々しさを目にすると、成都に行きたくなります。

映画の中にも「杜甫が好きなんですか。 私は李白が好きです」という台詞がありますが、杜甫は若い頃に、敬愛する李白と友好を結んでいました。杜甫草堂は杜甫が晩年(760年)に建て、五年近くを過ごしたとされています。そして『きみに微笑む雨』の原題<好雨時節/A good rain knows>は、杜甫の「春夜喜雨」の一節「好雨知時節(いい雨は降るべき時を知っている)」に由来しています。
「春夜喜雨」
杜甫
好雨知時節
当春乃発生
随風潜入夜
潤物細無声
*転用を避けるために訳は記載致しません。
「春夜喜雨」で検索いただきますと様々な解釈をご覧いただけるかと思います。
私が初めてチョン・ウソンをスクリーンで見たのは『武士-MUSA-』(01)でした。ぼろを着て髪は伸び放題という奴隷の役で、長槍を優美に扱うその野性味溢れる姿に魅せられました。ちなみにこの作品ではチャン・ツィイーと共演しています(来年1月公開の彼女の最新作『ソフィーの復讐』では韓国の人気俳優ソ・ジソブが相手役です)。チョン・ウソン、実は香港映画『上海グランド』(96)にも出演しているのです。
カオ・ユアンユアンは今まで清純派の役が多かったようですが、今年30歳。本作でも化粧品会社のモデル的な透明感がありますが、陸川(ルー・チュアン)監督(『ミッシング・ガン』、『ココシリ』)の話題作<南京、南京>でも主演をしています。
言葉のことを最後にお伝えすると、メイとドンハの会話は英語です。アメリカで勉強していたならもう少し上手くてもいいんでないのと突っ込みたくもなりますが、留学生同士だと、例えば中国でも中国語が上手くなるまで学生たちは英語で会話をすることが多いですから、日本人にはかえって共感が出来るかもしれません。ちなみに四川出身という役を演じているカオ・ユアンユアンは北京っ子です。
2009年/韓国・中国/英語、韓国語、北京語/100分
11月14日(土)より新宿シネマスクエアとうきゅう他全国順次ロードショー
配給:ショウゲート