


『ニューヨーク、アイラブユー』
外国の人たちに、世界で一番行きたい都市を聞いたら「トーキョー」はトップテンに入るでしょう。日本への旅行者は確かに増えていて、先だって遊びに来ていたインドネシア人は「思ったより物価も安いし、みんなきれいでおしゃれ!」と言うし、オランダ人だって「トーキョーに出張だって言うと、どこよりも羨ましがられる」そうだ。そんなクールな東京のファンがいるのはちょっと嬉しい。
「東京の空気には愛がないね」。学校を出て間もない頃、一緒に仕事をしたギリシャ人にそう言われた。若かった私は「なに言ってるんだか」と思っていたけれど、その頃は分からなかった彼の言わんとしたことが、今は分かる。東京の街中で、思わせぶりな目配せでちょっとときめく(あるいは不快になる)機会なんてあるのだろうか。いつも恋愛OKモードだと疲れる、それはそうかもしれません。でも恋愛は期待しないときにこそやってくると言うではありませんか。
この手の「日本人は僕を/私を見てくれない」発言は外国人からよく聞くもので、あるイギリス人も「地下鉄で向かいに座る人と目が合って、別に話しかける訳ではないけれど、お互いに気にかけるような感じが東京にはないのが退屈だね」と言っていた。「あなたそんなに見つめられるほどステキなの、下手に見ると怪しまれるわよ〜」なんて返しながらもこの人の言うことも分かります。もちろん人目を惹く容姿に生まれた方、抗し難いオーラやフェロモンを発しているような方にはそういうこともあるのかもしれませんが、東京の暗黙の常識=不必要な他人との接触は避けた方が無難。なかなか馴染みのお店だったりしない限り、挨拶を交わすことも稀ではないでしょうか。

アメリカ人は声が大きいからすぐ分かる、よく喋る。特に外国人居住率の高いニューヨークにおいては「察してくれ」なんて甘い。言葉にしなきゃ分かってもらえない。『ニューヨーク、アイラブユー』の11編の作品の監督、そして役者たちのプロフィールを見ると生まれ、育ち、現在の活動拠点が様々な地域に及ぶ人たちもいる。すなわちニューヨークを描くことは世界の縮図を描くことかもしれない。
11編の独立したオムニバスというより、繋がりも持たせた群像劇になっている『ニューヨーク、アイラブユー』に課せられたルール:撮影は二日間、舞台はニューヨークで(広い意味での)ラブ・ストーリーであること。自然な流れで見られるものもありますが、監督の個性が如実に出ているのがシェカール・カプール監督(『エリザベス』(98))作。歴史と重厚さを感じさせる世界感が展開します。そもそもカプール監督が故アンソニー・ミンゲラ監督から脚本を引き継いだ作品とのことで、『ニューヨーク、アイラブユー』自体がミンゲラに捧げられている。ここでの掘り出しものは、若いホテルマンを演じるシャイア・ラブーフ。彼が『トランスフォーマー』(07)のスターとは知らずに見たのがよかったのかもしれませんが、筆者は彼のアクセントにすっかり騙されました。東欧?アルメニア系?どんな背景の俳優かと思ってしまいました。
そしていかにも都市型設定な、一夜限りの関係のつもりの男女が再会するまでの気持ちのゆれ動きやエロティックな回想を、地下鉄や徒歩で目的地に辿り着く時間軸を、ストレートな作りのようでいてアレン・ヒューズ監督作がよく捉えている。
ソーホーを舞台に、俳優としてもお馴染みのイヴァン・アタル監督の描く男女の距離感や台詞には(イスラエル生まれのアルジェリア系ユダヤ人で)パリ育ちのエスプリを感じてしまう。イーサン・ホークはナンパに余念がない、口は達者だけれどいかにも売れない作家風情が似合っていて、彼を軽くあしらうかっこいい女をマギー・Qが演じている。18歳でハワイから香港に渡りモデルとして活躍、香港映画ファンには顔馴染みの彼女はアメリカ人の父とベトナム人の母を持ち、『M:i:III』(06)でハリウッド進出以降は『三国志』(08)など無国籍な活躍をしています。最新作は中国の田荘荘監督の「狼災記」の映画化でオダギリジョーと共演していますが、この作品を見た映画通の友人の評を聞くと…それは日本公開された時のお楽しみに取っておきましょう。同じアタル監督のパートではロビン・ライト・ペンとクリス・クーパーが大人のカップルを演じ、ニューヨークはこどもの街にあらずたるところを見せてくれる。クリス・クーパーは最近では『あぁ、結婚生活』(07)の演技が秀逸でしたが、本作でもちらっとマギー・Qと絡むシーンで香港映画好きを喜ばせてくれます。
中華圏からはほかに台湾出身のスー・チー(『ブラッド・ブラザーズ ―天堂口―』(08))が参加しており、地味な役柄ながら美しさが際立っています。チャイナ・タウンを舞台にこの短編を撮ったファティ・アキン監督曰く「彼女にカメラを向けるや、彼女自身が監督になる。セクシーで繊細で、まさに僕の大好きな中国映画の要素が凝縮されている」。自身もトルコ移民二世のドイツ人のアキン監督は移民として生きる人々を撮ってきた監督で、近年はカンヌ、ベネチアでも賞を獲った洗練された作品もありますが、『太陽に恋して』(00)、『愛より強く』(04)といった荒削りな印象が残る作品の力強さはお勧めです。
そして中国の名優、チャン・ウェン(姜文)はオープニング作を飾る監督として参加しています。軽妙な雰囲気ながらチャン・ウェンらしい一筋縄でいかない短編で、もう一度見てみたい。冒頭の作品ですので集中して見て下さい。そして映画を見ているうちに、行ったことがある人も、行ったことがない人もニューヨークに行きたくなってしまう。まんまと2006年の『パリ、ジュテーム』でスタートしたcities of love計画にはまっていますね。
シリーズの次回作は上海編に決まっており、企画が進んでいるようです。その前には<リオ、アイラブユー>、その後には<エルサレム、アイラブユー>も作られるようですが、東京は「トーキョー、アイラブユー」が撮れる街なのでしょうか。電車の中で漫画を読むのに没頭している男性、携帯メールを一心不乱に打っている女性…を眺めていると、「トーキョー、アイラブユー」を街中の設定で撮るのは無理かも、そんな寂しさも覚えます。それに加え、状況はよくなりつつあるとは言えまだまだ理解、協力と許可が得られにくい東京での撮影。本作をニューヨークへのラブレターと理解したニューヨーク市当局は、寛大なサポート態勢を取ってくれたとのこと。東京都、民間、そして都民が太っ腹なところを見せないと、撮影寛容度でも日本より中国を撮影地に選ぶ映画が増えるかもしれないですね。