中国映画情報!今月の紹介は『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』『トロッコ』です。

中国映画情報
映画プレゼンター、松下由美さんが中国語圏の映画を紹介するコーナーです。
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2010年 5月
『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』・『トロッコ』

『スナイパー:』

『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』

殺し屋は普段どうやって生活しているのか。仕事の依頼ベースで稼働するとすれば、筆者のようなフリーランスに近いのかもしれない。あるいは全く違う職業を隠れ蓑に営んでいるのか。殺し屋にとって家庭はもってのほか、または一般庶民の生活を送るべきか。

スナイパー:│イメージ
本作の主演はパリでレストランを営む初老の男、コステロ(ジョニー・アリディ)。マカオに住む娘とその夫と孫たちが殺し屋に襲われたと聞き、マカオにやってきた。かろうじて命だけは助かった娘は、父に復讐を託す。殺し屋と対等に撃ち合う娘からしてただ者ではない。香港の殺し屋三人組と偶然知り合い、コステロは彼らを雇う。外国でも渡っていけるその触角と自信は、かつて自分も殺し屋だったからだろう。そこから四人の男たちの間に、依頼主とそれを請け負う関係を超えた友情が生まれていく。そして復讐は行われるのだが…。

殺しの現場写真を警察から盗み出したコステロは、そこに「娘」、「義理の息子」、「孫」、そして「復讐」-本作の原題の意味- とペンで書いていく。クワイ(アンソニー・ウォン)率いる殺し屋チームの面々の写真も撮り、チュウ(ラム・カートン)、フェイロク(ラム・シュ)と名前をそこに書いていく。過去の銃撃戦で脳に銃弾が残っているコステロは、定期的に記憶を失くしてしまう病気を患っており、遠からずすべての記憶を失ってしまう。

本作のコピーにある通り、「記憶を失くした男に復讐の意味はあるのか」。悲しみや憎しみの記憶が消せるなら、生きやすいのではないか。しかし、腕に覚えのあるコステロは違う。記憶を失くす前に復讐を終えることに執念を燃やしている。

スナイパー:│イメージ
本作ではコステロの娘たちを襲った殺し屋たち(チョン・シウファイほか)の日常も垣間見せる。表の顔は、彼らもまっとうに生きる家庭人に見える。「目には目を」が復讐の流儀ならば、殺す対象である仇の側にも残される家族があり、そこからまた憎しみの連鎖が生まれるのではないか。映画の中には孤児たちが出てくる。抜き差しならぬ理由でそこに残されたであろう子供たちの元にコステロが戻るのは、ちょっと皮肉だ。


2007年頃、アラン・ドロンがトー監督の作品に出演という情報が流れていた。ジャン=ピエール・メルヴィル監督(1917-1973)を敬愛するトー監督なら、メルヴィル映画の常連であるドロンの起用は長年の夢だったのでしょう。「メルヴィルは香港のアクション映画に多大なる影響を与えている。現代的なヒーローたち、ロマンチシズム、そしてそのスタイル、メルヴィル映画の革新的な部分が香港映画に溶け込んでいる」とはトー監督の弁。香港やマカオの極めてローカルな雰囲気をとどめてきたトー監督の作品に、ドロンがどう馴染むのか興味を惹かれた。出演には乗り気だったドロンだが、トー監督が提案した”Gunfight(決闘)”と名付けた作品のアイデアをドロンは気に入らず、後にフランスの人気ロック・スター、アリディをプロデューサー(メルヴィル監督の『ギャング』のリメイク、『マルセイユの決着』や『TAXi』 シリーズも手掛けたミシェル・ペタンとロラン・ペタン)から紹介されて起用に至ったという。

スナイパー:│イメージ アリディのことは知らなかったというトー監督だが、「彼のコンサートの様子を納めたDVDを観た。私がロック好きということもあり、彼の男臭さが魅力的だったね。それにかつて情熱的だったに違いない、過去を思い起こさせる目」。確かにアリディの狼のような小さな目は異様な輝きを内に秘めている。「ドロンに対する尊敬の気持ちは今でも変わらない」というトー監督。だがもし主役がドロンだったら、かなり性格を異にする作品になっただろう。どちらにせよ、主役がトレンチ・コートのよく似合う男であることに変わりはない。あまりに有名なドロンに比べれば、日本での知名度は高くないアリディの方が役にはしっくりくるのかもしれない。

本作の撮影で、初めてアジアを訪れたアリディ。「私の役柄にはピッタリだった。彼は香港で一人、途方に暮れている。まさに私と同じなんだ。 -中略- 実際、映画のコステロのように疎外感を味わったよ。だからそのリアリティーがフィクションに役立つことを証明出来た。」そしてほかの役者たちと、うんざりしながらも毎度の中華料理を食べることを自分に強いたとのこと。トー監督に対しては「朝早く起きて、プライベートなんて殆どない状態で、一日中仕事に没頭している。またすばやく気分を変えることができる。-中略- とにかく集中力が並じゃない。彼は楽しい時は表情に出すから、中国では珍しいタイプだよ。細部にわたってリハーサルをしてから、2~3度撮影をする。」共演者たちに関しては「演技の仕方が並大抵じゃなくて、フランス人の演技とは全く違うんだ。彼らの仕草はスタイリッシュで、見栄えが良くてハマっている。それから惨劇シーンで繰り広げるユーモアのセンスがいい。」

本作は『ザ・ミッション 非常の掟』、『エグザイル 絆』に続く ‘トレンチ・コートの男たち’ ノワール・アクション三部作の最終章。脚本は『ザ・ミッション 非常の掟』も手掛けたトー監督の右腕ワイ・カーファイ。ここでもトー監督のスタイルが踏襲され、ゆっくりとしたペース、スロー・モーション、カメラ・ワーク、立ち位置の構図、そしてあちこちに遊び心溢れる小道具が散りばめられている。ただ本作は、『エグザイル 絆』ほど様式美に満ち満ちておらず、音楽も控えめな印象。ちなみに監督のお気に入りは、森の中のガンアクション・シーンだとか。光源は月の光のみという印象的なシーン。銃撃戦や血が飛び散る映画は苦手な私でも、トー映画に魅せられてしまうのは、男たちの可愛げのある描写でしょうか。明日もわからぬ男たち、約束をしない男たちだとしても、子供の心を持った男についこちらも心を許してしまう…。見ている女性たちは皆ミシェル・イェ演じる肝っ玉母さん、「ビッグ・ママ」のような気持ちになるのでしょうか。
中国杭州出身のミシェル・イェは11歳の時にアメリカに移住。広東語は高校のクラスメートたちから習ったという。高校を首席で卒業したことから大学の奨学金を得たものの、99年に香港で開催されたミス国際華僑(Miss Chinese International)に選ばれたことを機に、大学は一年で辞め芸能界入り。トー監督プロデュース、ソイ・チェン監督(『軍鶏』)の<意外>(09年)で今年の第29回香港電影金像奬の最優秀助演女優賞を受賞しています。


スナイパー:│イメージ 三部作の最終章ならばとトー監督は、一部と二部にも出ているフランシス・ンやロイ・チョンにも出演のオファーをしたとのこと。彼らのスケジュールが合っていれば…残念です。
今回もキレたボスを演じるサイモン・ヤム。敵役ジョージ・ファンの安っぽさを好演してくれています。
英国人とのハーフであり、『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘密』(08)といったハリウッド作品に出ている国際俳優だけあって、英語の台詞もこなしたアンソニー・ウォン。演じるのが三度目のクワイ(鬼)役に関しては、「コツを覚えたし、”よりハイセンスな”思慮深さも備わった。ユーモアのセンスもね。成熟したんだ。」と語っている通り、ひときわ決まっている。トー監督に対しては「ぼくは彼が大好きだよ。ぼくらに好き勝手にやらせてくれるからね。ぼくらの最高の部分を引き出してくれるし、うまいメシにありつける。」
香港映画には欠かせないラム・カートンとラム・シュ。二人の英語は使い物にならなかったそうで、それぞれも英語の台詞はそれぞれをテレンス・インとコンロイ・チャンというアメリカで育った俳優が吹き替えています。始めは聞いていると声の主の顔が浮かんできますが、雰囲気や体型が近いせいか違和感もなく、また聞き取りやすい英語になっています。ニックネームは相変わらず「デブ」のラム・シュも、なんだか今回はかっこいい。背負うものは大きくても、堅気の人間にはない恐れを知らない無邪気さ故でしょうか。


スナイパー:│イメージ トー監督は、オーランド・ブルーム(『ニューヨーク、アイラブユー』)主演でメルヴィル監督の『仁義』(70)のリメイクを準備しているようです。(*この件は現在進行していない模様です)しかし香港で撮ることへのこだわりは強く、インタビューでも次のように語っていたそうです。「香港が中国に戻って10年以上が経った訳だが、その間映画産業にも少しずつ(中国)大陸の風が入ってきている。大陸は芸術作品に対する検閲が厳しいので、大陸の資本が香港映画に侵食してくるとなると、それは香港映画の色を損なう結果に繋がると私は信じている。勿論、ハリウッドやヨーロッパなど世界に進出して多くの作品を手掛けたいとは思うし、今回はその第一歩が踏めたという、非常に意味と価値のある作品になっている。しかし、こんな状況下で香港を留守には出来ない。香港を守りながら今までもこれからも、香港を基軸に映画製作を進めて香港映画、アジア映画がより活性化していくための土台作りをする事で、次の若い世代の後押しをしたい。そう、今最も必要なのは映画界の若手の育成だと私は考えている。特にアジアの。」

公式サイト:http://judan-movie.com/
2009年/フランス・香港/英語・広東語/108分/原題:Vengeance 復仇
5月15日より、新宿武蔵野館ほか全国公開
配給:ファントム・フィルム
(C)2009 ARP_MEDIA ASIA ALL RIGHTS RESERVED.

『トロッコ』

『トロッコ』

川口浩史監督の長編デビュー作で、そのほとんどが台湾で撮影された日本映画『トロッコ』。映画を作るには、誰かの熱い思いがなくしては始まらない。そして、それを具現化するには縁も、運も味方しないとことが運ばない。そこには経験やテクニックも不可欠であると同時に、何よりも資金(を集める能力)とそして人間の繋がりに負うところが大きい。プロデューサーとしては初めてこの作品を手掛けた片原朋子さんに、ご自身の中華圏映画との関わりも含めてお話を伺いました。

トロッコ│イメージ
◎北京電影学院へ
片原さんの映画人生は、中国の映画学校・北京電影学院に留学をしたところから始まった。日本の大学で美学美術史を専攻中にたまたま観た『黄色い大地』(84年 チェン・カイコー監督)や『紅いコーリャン』(87年 チャン・イーモウ監督)に強烈な刺激を受け、中国語の知識が一切ないまま1991年に北京へ。「とりあえず何とかなると思って、勢いで行っちゃった。授業に出たら、あ、私は中国語が喋れないという状態」だった。そこで映画のクラスはさておき、毎朝4時間マンツーマンの中国語の特訓を受けた。

「3ヶ月で中国語がそこそこ分かるようになり、振り返れば逆にありがたかったです。1年の期限付きだったので必死でした。でも最初の1ヶ月は怖くて外に出られなかった。留学生宿舎の部屋にこもってビスケットとラーメンで暮らしていたら、そのうちほかの留学生が気付いて声をかけてくれました。」当時電影学院の外国人留学生は10人ほど。加えて日本人の留学生も二人ほどいたが、皆中国語の素地がある人たちだった。

北京滞在を延ばし、二年目からは監督科の本科の聴講生として一年間通った。「新作映画の日」が毎週水曜日にあり、学校の向かいの現像所で『秋菊の物語』(92)や『さらば、わが愛/覇王別記』(93)をいち早く見る機会もあった。天安門事件から二年後で、第六世代の監督がまだ学院に出入りしていた時代だった。「一番驚いたことと言えば、ある日学生食堂に毛沢東がいたんですよ! でもあれは、プロパガンダ映画に出るそっくりさん俳優だったんですね。鄧小平も周恩来もいましたよ。当時はまだ国の英雄を描いたプロパガンダ映画が多かったから…いかに第五世代の監督たちの映像表現はすごかったかということですよね。第四世代を経ての流れだったとしても、それまでの主流の映画作りから飛び出して行った人たちの時代を目の当たりに出来てよかったですね。」


トロッコ│イメージ ◎帰国〜『トロッコ』に至る
その後帰国した片原さんは、映画の宣伝、そして中華圏の俳優のキャスティングやロケーションのコーディネーションを手掛けるようになる。 『トロッコ』の脚本は川口浩史監督によるものですが、片原さんが台湾で過ごした経験が、脚本にも活かされている。「あるおじいちゃんのお宅に居候していたことがあって、私といると、テレビの北京語のチャンネルをNHKに変えるんです。私の北京語そんなに下手ですか、と思ったら、はっと気付いたんです。おじいちゃんは第一言語が台湾語(中国・福建省の方言が台湾で独自の進化を遂げたもの)で次が日本語。私が北京語で話すと返事が日本語で返ってくる。北京語も聞き取れるけど、上手く言葉にならない。


4〜5ヶ月の間に日本のプロレスをよく一緒に見ていて、これって面白いシチュエーションだなと思いました。」


『トロッコ』は当初、川口監督が芥川龍之介の「トロッコ」に着想を得て企画をしていた。川口監督は、助監督をしていた行定勲監督の『春の雪』(05)の現場で撮影監督のリー・ピンビンさんと知り合った。「行定監督の『遠くの空に消えた』(06)の現場に私がチャン・チェンさんを連れて行った時に川口さんと話をしたら、リーさんが台湾にトロッコがあるって言ってたよ、と…そんなゆるい感じで始まったんです。」

トロッコ│イメージ 『トロッコ』には日本統治時代を経験した世代の台湾人の日本への愛着が描写されていて切ない。日本人がその思いをあまり知らないのでは、まるで片思いのようではないか。筆者もシンガポールに住んでいた高校時代に、地元の人たちに日本語で話しかけられたことがある。彼らが話してくれた経験談は聞くのが心苦しい日本軍の残虐行為であったりしたけれど、それは私を責めるためではなかった。彼らにとっては無理矢理に教えられた日本語だとしても、懐かしくて話したかったのでしょう。そして何があったかを忘れないで欲しいという気持ち。

片原さんによれば、「台湾のスタッフが言うには『トロッコ』の中で描かれるような日本への思慕の念を抱いているシーンは日常の光景。でも一番気を付けないといけないのは、それを日本人が映画で描くということ。台湾のお年寄りが「日本大好き」と言っているのを日本人が描くのはとても微妙なので、出来るだけ客観的に行こうという話になった。川口監督は日本語で彼らが話してくることだけ聞いていると、日本へのラブコールばかり耳に入ってしまう。だから愛されているんだと思ってしまう。だから日本側のエゴだけにならないようにしたいと話しました。それでも外国の人からは、日本の映画で台湾の人たちが日本を好きだと言っているのが若干気になったという声もありました。でも反語的に使っているんですよね。日本が好き、でも…と。」
そんな単純な話ではないのでしょう。映画の中で、「ここのひのきは靖国神社にも使われた」というくだりがあります。一方で、靖国神社に祭られている遺族の遺骨を返せと訴えている台湾人もいる。


「『トロッコ』を見ていただいた方が、台湾の人たちはすごく日本のことを好きなんだ〜とそれだけの印象で終わるのではなく、そういう面はある、あるんだけれど…というところまで感じていただけたらと思います。だから子供たちにも見てもらいたいですね。」
「川口さんとも話したのは、台湾のお年寄りたちはこれから亡くなっていってしまう。そんな最後の時代なので今のうちに撮りたかった。次の世代の子供たちは、台湾は一時期日本の統治下にあったんだってことを知らないかもしれない。それを少しでも知ってもらえたらと思います。」 「私は台湾のお年寄りたちとは最初から中国語で話しているから、おじいちゃんたちはあそこまでは話してくれないんです。日本人が日本語で話しかけるとワーッと色々出てくる、でも出過ぎる部分もあるんです。実際それを中国語で話す時には表現が変わってくるので、だからこそ客観性を保ちたいという気持ちがありました。」


トロッコ│イメージ ◎ リー・ピンビン映像の魅力
「リーさんの映像は独特で真似が出来ない。彼は見ていないようで絶対そこ、というところに合わせてくる。カメラの動きも、例えばこちらの想像では右から左に動くか?というところが、反対に左から右に動いて抜群の効果を生み出す。「お芝居を撮っている」感じには絶対にならない。とにかく俳優が自然に動いているところをふわっと切り取るという感じ。」 「川口監督には演出に集中してもらって、どう撮るかはリーさんに任せよう、彼ほどの人が入ってくれているのに任せないのは損。でも雰囲気が違うな、と思った時はリーさんも「これじゃあちょっと雰囲気が出ないんじゃない」と、演出を変えるのではなくて、動いて行く位置を見ながら「それよりこっちのほうが」とさり気なくリードしてくれる。」 「そもそも『トロッコ』の世界はリーさんが最も得意とするもの。『空気人形』の撮影は、リーさんに日本に来てもらっているので勝手が違うけど、『トロッコ』では何も障害がなく、スタッフもいつもリーさんとやっている人たちなので、何も言わなくても意思疎通が出来ていた。」


リーさんと言えばホウ・シャオシェン監督の撮影監督という印象が強い人。『トロッコ』にもどこかホウ監督作品のようなかほりが漂い、ロケーションにもこだわりが感じられる。 「でも今回、リーさんは「ホウ監督の映画を作る訳ではないから違うことやろう」と言ってくれました。物語自体はノスタルジックだから、映像は反対に”モダン”に行こう、と。最初に仕上げたプリント(上映用フィルム)は色が少し強く出過ぎていたので、その後、よりナチュラルな感じに戻しました。台湾スタッフは音響やラボ(現像所)のスタッフも含めて、皆、試行錯誤をしながら、最大限の取り組みをしてくれたんです。」

緑の濃さ、湿気とひんやり感、子供が怖がる様が伝わってくる。夏休みに冒険心を掻き立てる空気が肌で感じられる。 「運が良かったんです。リーさんが空いているのが8月で、それなら子供たちも夏休みで付き添いのお母さんたちと一緒に行ける。それに一年で緑が最も鮮やかで、太陽光線は鋭く、加えて南国らしい暑くてじっとりとした湿度感も存分に映し込めるのが8月の台湾。予想外にすごい効果を生み出したのは「霧」でした。トロッコ線路の山中の冷えた空気と、外気温との差の関係で、わーっと出てきてはすぐに消えてしまうあの絶妙な霧。仕上げの時に映像をデジタル加工する予算はなかったので霧待ちをしましたが…そういうものもリー・ピンビンというカメラマンはなぜかタイミングよく呼び寄せるんですよね(笑)。子供たちの、あの汗でシャツがべとっと張り付いた感じもとても好きなんです。子役の子供たちにとっても一夏の思い出になってくれればいいなと思いました。」


子役の演技が素晴らしい。あんな風によく泣けるものだと感心してしまう。 「実はスケジュールの都合で、あの「探検から帰って母の胸で泣くシーン」を「探検に行く」より先に撮らなければならなかったのですが、そこを我がチームの凄腕助監督が、なんとか1シーンだけ「トロッコ帰路」を撮ってから「母の抱擁」に取り組むスケジュールに調整してくれた。お母さん(尾野真千子)は必死に走り回って子供を捜した後という設定で…普段は陽気な台湾スタッフたちも一丸となって母子の芝居を静かに見守るという…すごくいいチームでしたよ。皆、真面目でプロフェッショナル、台本を暗記するくらい読み込んで現場に臨んでくれました。」 「台湾が舞台のお話として違和感があったら言って欲しいと伝えると、色々意見を言ってくれて、監督の台本直しにも大いに役立ちました。衣装部の子が「自分のおじいちゃんはこの通りだった」と台本を読んで泣いてくれたのには感動しました。」

トロッコ│イメージ ◎一番始めにコンタクトを撮った俳優 ブライアン・チャン
鳥の青年を演じるのは『花蓮の夏』(06年 レスト・チェン監督)のブライアン・チャン。「この「お兄ちゃん」の役のイメージにはブライアンがいいよね〜ということで早い時期に彼に会ったら、”棒引き”競技の台湾代表選手(本人ご自慢だそうです)で大会が日本であると言ってましたよ(笑)。実際にトロッコを押して全力疾走してもらった時に、ブライアンで正解だったと思いました(笑)。」
『トロッコ』の撮影地は花蓮。ブライアンは、おじいさん想いのそれはさわやかな青年を演じています。ブライアンは『花蓮の夏』が2006年の東京国際映画祭で上映された際に来日し、筆者はQ&Aの司会を担当しました。その時に綱引きの選手と聞いた記憶がありましたが、綱ではなく棒引きだそうで、現在も台北体育大学の学生だそうです。


◎これから
「今後も私がやるとすればやはり合作になる確立が高いと思います。台湾、中国にも戻りたいし、韓国にも行きたいですね。」 筆者には日本と他国との合作映画への危惧があります。やはり利害関係が絡むからでしょうか、合作は変な方向に行きがちですが、作品として機能するにはどうしたらいいのでしょうか? 「無理に合作を成立させようとすると問題が生じるのでは?やはりそこで撮る必然性があるかどうかだと思います。北京で撮りたいよね、というよりも、北京でないと撮れないよねっていう企画に挑戦したい。そこで起きている物語であるならば、無理なく合作への流れを作れる。最初から「合作やりましょう」だけを前提に話されると、じゃあ何をやりたいんですか、ゆっくり考えて下さいね、となってしまう。例えば、『赤い月』(03年 降旗康男監督)のように、どうしても中国じゃないと撮れない画があるという物語であれば、不自然無く合作映画として成立するのだと思います。」


6月号ではリー・ビンピンさんが撮影監督の香港映画『殺人犯』を紹介します。主演のアーロン・クオックが2006年の台湾金馬賞で最優秀男優賞を受賞した『父子』(06年 東京国際映画祭で上映)の撮影もリーさんでした。

公式サイト:http://www.torocco-movie.com
2009年/日本/日本語・中国語(北京語・台湾語)/116分
5月22日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
配給:ビターズエンド
(C)2009 TOROCCO LLP.
(C)NY5,LLC-All Rights Reserved.
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松下由美・・・・東南アジアとヨーロッパに長く滞在。
映画祭・映画イベントの司会・英語通訳や映画撮影の製作を担当している。
アート、インディペンデント系、アジア作品を多く担当し、中国語圏作品好きも高じて中国へ短期留学経験あり。
Sintok シンガポール映画祭実行委員。http://www.sintok.org/
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