

『さくらんぼ 母ときた道』
映画のストーリーとしての母子を見ながら、自分のことに思いを巡らせた。母と娘の関係について、母となること、娘(子供)を持つこととは。。。
母と私は世に言う「双生児母娘」ほどではないにせよ、母への精神的依存は強いかもしれません。親と離れて独立こそはしていますが、母はよき理解者です。近頃は母が年を取ってきたため、私がしっかりしなきゃと感じる面もありますが、大人の会話が出来るようになると母娘関係は更に楽しいものです。
この映画では、それがふたつの理由で叶いません。ひとつの理由は母インタウ(桜桃)が知的障がいを持っていたから。幼いときは母から片時も離れなかった娘ホンホン(紅紅)も、成長するにつれ母を疎ましく思うようになる。自分よりも幼子のように行動するインタウ。そんな母を学校の仲間たちは「うすのろ」と呼んでばかにしている。それが母子にとってどんなに残酷な仕打ちなのか思いもよらずに。そしてもうひとつの理由となる事柄が起きる。
この映画が真に迫ってくるのは何と言っても母役のミャオ・プーの熱演。
中井貴一主演・製作の『鳳凰 わが愛』と共に本作が2007年の東京国際映画祭で上映された際にはその都度華麗なファッションで七変化を見せた彼女。
同映画祭のアジア最優秀賞には主演女優という部門こそないが、あったなら彼女が受けるに値するという審査員の賛辞があったほど。
本作では着た切り雀でこれこそ本当の汚れ役に挑んだ。
彼女以外は映画や演技が初めてというキャストだが、それが実に功を奏している。
貧しく足が不自由な農夫グォ・ワンは知的障がいを持つインタウと結婚。
結婚をしなくては一人前とは見なされない社会。そして結婚は性の欲求を満たすはけくちでもある。
家系を助けてくれる子供、願わくば息子も必要。だが食いぶちがかかるので一人以上は持てない。
雲南の一見のどかな農村、でも因習のしがらみや色々な計算が絡んでいる。子供を産みたがるインタウの様子が微笑ましいが、それには性交渉が必要ということをインタウはどうやって理解したのだろうか。
子供を持つ前も、持った後も唯一純粋なのはインタウのホンホンへの愛。しかしながら、現実には「お腹を痛めた子」であっても愛情を注げないということも少なくない。
幼少期を過ごした村に住んでいたある母親をモデルに脚本を手がけたのは『初恋のきた道』のパオ・シー。
ただこの映画を見ていて意心地の悪さもあったのは「子を産まなくては一人前の女性ではない」、「本能である母性に従わないのは自然に逆らっている」と唱っているように感じてしまったから。
それは都会に生きる現代人のうがった見方によるものでしょうか。
この映画のパンフレットの記述は障害ではなく、障がいとしています。
たしかに「害」という否定的な漢字を当てること自体差別的です。
面子を優先、見栄えのいいことが大事とされる中国では北京オリンピックでの表彰式のアシスタントを選ぶ際も、国中から見た目のいい若い女性が選ばれました。
そんな社会で障がいを持っていることがどれだけ大変か、想像に難くありません。雲南省の絵になる風景を見ながら、色々なことに思いを馳せてしまいました。
上海出身のチャン・ジャーベイ監督は北京第二外国語大学卒業、90年に日本映画学校へ留学以来日本で活動をしています。
11月1日(土)銀座テアトルシネマほか全国順次ロードショー
2007年/中国・日本/北京語/107分
配給:ザナドゥー/上海東方影視発行有限責任公司
『レッドクリフ Part1』
大々的にPRが行われている『レッドクリフ』。
日本のエイベックスが出資しているだけに、ほかの中華圏映画とは比較にならないメディア露出が展開されています。
20年来の夢を実現するべくジョン・ウー監督自ら私財を投じて製作費(総額100億円)の不足を補ったと言われていますが。。。
自腹で10億も出せる人は勝手にやってくれ!と言いたくもなりますが、大陸、香港、台湾、日本の映画人や韓国の出資、アメリカの視覚効果技術などが名を連ねる作品にはアジアの今日的あり方を感じます。
本作は香港、台湾、中国のスター俳優たちが出ていますが、そういったスターを全く知らない観客、特に男性に中華圏映画への関心を惹くきっかけとなり得る作品です。
そもそも私が「赤壁」を知ったのも、三国志オタクのアメリカ人留学生からでした。北京に語学留学に来たはずの彼は授業をさぼりっぱなし。
ボーッとしている奴と思いきや、「だってぼくの目的はChibi/赤壁に行くことだからさ」と言ってのけた時だけはやたら情熱的で、ほう、遠路はるばる見に行くほど魅力があるのか?と思ったものでした。
中華圏に育った人にとって「三国志」は生活の中で引用されることも多く、馴染みがあると同時に多くの人がこだわりを持っていることでしょう。
私にとって「三国志」は知識として勉強の対象であり、身近に親しんできたものではありませんでした。
武勇伝よりも「水魚の交わり」の由来は諸葛亮を得た劉備が「私が孔明を得たのは魚が水を得たようなものなのだ」といったような背景を興味深く思っていました。
監督自身「アジアと欧米の間に広がる文化や歴史の違いを超越したものにしたいと思いました。欧米の人々にとってはアジア版『グラディエーター』として楽しめ、アジア人にとってはお馴染みの物語がまったく違う視点で語られることを楽しんでもらえるものを目指しました。
この映画は、アジア映画でも、ハリウッド映画でもなく、世界映画なのです」と語っています。言語や字幕の問題はあるにしても、今やすべての映画が世界映画となっているのではないでしょうか。
例えば私の周りには外国人の日本映画専門家が多く、私よりもはるかに日本映画に詳しく、共感もしています。
この映画は外国人には分かるまい、といった偏狭な考えではどうかと思いますが、理解しやすいように水で薄めたような作りの映画が増えるのも面白くありません。
この辺りのバランスによって合作映画は作品として成功しない場合が多いように感じます。
『レッドクリフ part1』にはお気に入りキャラを探すという楽しみもあります。私は趙雲役の胡軍(フー・ジュン)のかっこよさに参りました。
時に演歌歌手か?という出で立ちの時もありますが、時代劇、それもアクションでこんなにかっこいいとは。
兵馬俑の一人に交じっていそうな風貌に鎧、そして立派な体格ではまっています。そして祝!台湾金馬賞最優秀助演男優賞にもノミネートされました。
ヒロインにおいては大抜擢されたリン・チーリンの話題ばかりですが、ヴィッキー・チャオ演じる孫権の妹役の方が圧倒的に女性の共感を得るのではないでしょうか。
顔立ちは全く古典的ではありませんが、彼女は素に近い役を生き生きと演じています。
こういうヒーローものは、憎まれ役が憎らしいほど功を奏しますが、本作では曹操役の張豊毅(チャン・フォンイー)が一人で担ってくれています。
映画は『始皇帝暗殺』以来10年振りとのこと。『レッドクリフ』を見ると、『さらば、わが愛〜覇王別姫』の姿をもう一度確認したくなります。
しかしながら、現代で一番身近な武将と言えば関羽かもしれません。
張飛と共に劉備と義兄弟の契りを結び、信義に厚い事から今や商売の神様として神格化された関羽は、世界中の中華街で祭られています。
中華圏の映画では、商売をしている家で困ったときの関羽像頼みをしているシーンが出てきたりします。関羽の人柄を表す言葉が「義理人情」ならば劉備は「仁」。
横浜中華街の関帝廟の情報を検索いただくと、その由来がお分かりいただけます。この関帝廟を遊び場に育った子供たちを描いた映画が『中華学校の子どもたち』です。
11月1日(土)日劇1ほか全国ロードショー
2008年/アメリカ・中国・日本・台湾・韓国/北京語/145分
配給:東宝東和/エイベックス・エンターテインメント
(C) 2008 Three Kingdoms Ltd.
(C) Bai Xiaoyan

『中華学校の子どもたち』
私にとって日本の中華街と言えば池袋界隈。横浜中華街は観光色が強いこともあり、「中華」っぽさが感じられない。単に内部を知らない者の表面的な見方に過ぎないかもしれないが、それはこの映画にも見られる若い中華系世代のローカル化が激しいからかもしれない。
この作品に登場する無邪気な子供たちが通うのが、幼稚・小学・中学部を有する横浜山手中華学校。その教育目標は次の通り
1)中国文化を受け継ぎ広める力をつけ、また中日2カ国語を学習し流ちょうに運用することで、高度なコミュニケーション能力を身に付ける。
2)日本の学校と同等の学力を持ち、卒業後は日本の上級学校に進学し引き続き学業に励むことができる。
3) 中国に対して深い思いを抱くと同時に、総合的素質を向上させ、将来の社会において強い競争力を兼ね備えた、時代の要請に合致した新しい人材として、中日両国の友好と発展に貢献できる。
※「中国に対して」と銘打っているのは、かつて横浜中華街にあった中華学校が1949年の中華人民共和国の建国後に大陸系の横浜山手中華学校と、台湾系の横浜中華学院に分かれたため。
私を含め、大人になって中国語を初めて苦労している向きからすれば一見羨ましい環境である。しかし中国語が外国語である国で中国語で教えるということは、言葉を教えることに加えて文化や社会背景をどれだけ伝えられるかということも重要になってくる。ただ、日本にある中国語学校は生徒の多くが卒業後も日本で暮らしていくという点で、事態はより複雑になってくる。
私の通った大学には高校まで日本の外国語学校を卒業した学生が多くいた。大検合格とは異なる大学独自の入学基準があったからである。しかし多くの日本のインターナショナル・スクール出身者が、英語の授業を受ける学力が劣る学生のための補習クラスに配属されていた。多くが家庭で英語を話す環境でなかった学生だったからだろう。そして、インターナショナル・スクールに入れさえすれば、子供が国際人になるであろうと勘違いしている日本人の親の多いこと。私は大学時代に幼稚園児の英語の家庭教師をしていたことがあるが、英語が苦手な親が子供をインターナショナル・スクールに入れたいと言い、驚いた。英語の出来ない親がどうやって子供の勉強を見たり、学校とコミュニケーションを取るというのだろうか。
こういった問題は中華学校でも確実に起きていることが映画から分かる。先生も日本語を交えて話すし、子供たちも中国語を聞き取れても、口から出るのは圧倒的に得意な日本語なのだ。ただ将来日本で大人になっていく以上、日本語の読み書きが不自由なく出来ない方が不幸かもしれない。
映画でも子供たちは「Niはね」、「Woはね」なんていわゆるちゃんぽん語を話している。私もインターナショナル・スクール出身者が「Youはね」、「Meはね」なんて背筋が寒くなるしゃべり方をするのを聞いたことがあるが、こういう人に限って日英のとも語学力が中途半端だったりすると可哀想になってくる。
私は数年前に取材でこの山手中華学校にお邪魔したことがある。当時中華系ではない日本人の入学希望者が増えた時期だったのだが、その理由が中国の台頭に加え、英語教育にも力を入れている上に欧米系の外国語学校に比べると学費が安いからということもあった。それというのも同校は、100余年前に孫文の提唱により開校した歴史があり、中国文化継承と日中友好を願う華僑の人たちの有志の賛助金に頼っていたからだ。同校は国庫補助を受けられない各種学校扱いでもあり運営が苦しい中、つい最近2010年の校舎移転が決まった。現在の生徒数は約450人だが、新校舎になれば800人の生徒が学べるようになる。今後いかに建設費用を調達するかが課題のようだ。
本作は片岡希監督の初劇場公開作。プロデューサーを務めた『ヨコハマメリー』は5年間撮影を行い、本作の撮影には 3年を費やした。ドキュメンタリーには珍しい年数ではないが、根気がなくては出来ないことだ。監督は北京電影学院監督学部を修了している。2年間の在学時に授業の一環として見た抗日プロパガンダ映画に熱狂する中国人学生を目の当たりにし、日本で育った自分との認識の違いから教育に関心を持ったという。中国のプロパガンダ映画に関して言えば日本で見る機会はほぼないし、歴史的検証という視点で見ると、資料となるものかは疑わしい。ただ『ロスト・イン・トランスレーション』然り、海外の映画で日本や日本人がどう描かれているかを見るのは興味深い。
『さくらんぼ 母ときた道』のチャン・ジャーベイ監督は日本映画学校留学経験者。中国で映画分野の留学をする日本人も増えている昨今、お互いの国や人々を描く姿にも何らかの影響が出てくることが期待できるかもしれない。
11月22日(土)横浜ニューテアトルほか全国順次ロードショー
2008年/日本/日本語・北京語/86分
配給:ブロードメディア・スタジオ

『第9回東京フィルメックス』
今年で開催9年目の「アジアの新しい才能を発掘している作家主義国際映画祭」。
第1回の2000年に友人が運営に関わっていたことから招待券をもらい、ならばと食わず嫌いの感があった香港映画も二本鑑賞。
そこで出会ったのがウィルソン・イップ監督の『ジュリエット・イン・ラブ』。
私の持っていた香港映画のイメージを覆すもので、主演のフランシス・ンの発見と共に衝撃でした。
もう一本の『天上の恋歌』は、その原題 ”Love will tear us apart” からイギリスの伝説のバンド、ジョイ・ディヴィジョンの名曲を意識したに違いなく、この作品で香港映画にもアート系が存在することを発見。
このデビュー作そして次作もユー・リクウァイ監督作品はフィルメックスでかかっていますが、その後は大陸に住み、これまたフィルメックス常連のジャ・ジャンクー監督の撮影監督として有名になりました。
最新監督作はアンソニー・ウォンとオダギリ・ジョーが親子を演じた『蕩冦/プラスティック・シティ』(ブラジル、中国、香港、日本合作)。
今年のベネチア映画祭のコンペ部門で上映された際は酷評だったと噂に聞きますが、フィルメックスで見られないとなるといつ見られるのだろう。
ジャ・ジャンクー監督作品が必ずのようにかかるのは、フィルメックスの運営に携わる北野武監督のオフィス北野が出資をしているからということもあるのでしょう。
今回コンペティション部門でかかる『完美生活』もジャ・ジャンクーが製作に参加している作品だそうです。
監督のエミリー・タン(唐暁白)は香港に移住した大陸出身者で、映画でも大陸から移動する女性と大陸へ帰る女性を扱っています。
その他の中国の映画は昨年『最後の木こりたち』が上映されたユー・グァンイー監督の『サバイバル・ソング』、そしてチョウ・ヤオウー監督のデビュー作『黄瓜(きゅうり)』です。
今年は『天上の恋歌』の主演で、以前上映された『ドラマー』、『アイ・イン・ザ・スカイ』や『エレクション』にも出演しているレオン・カーファイが審査員を務めているのも話題です。
年を重ねがぜん魅力(すごみ?)を増した役者になっているレオン・カーファイですが、日本でも『愛人ラマン』(92年)のヒットで一躍有名になり、95年の東京国際映画祭で『南京の基督』が上映され彼が登壇した際に舞台の袖から見ていると、前列で泣いているファンがいたのを覚えています。
当時、今より勢いのあった香港映画はゲストの登壇する映画祭での上映となると前夜から並ぶファンもおり、その熱狂振りは「ヘンな人たち」と私の目に映っていたのですが、私も今ではすっかり「ヘンな人」と化しています。
03年の『PTU』以来フィルメックスでも常連のジョニー・トー。今年は4年をかけて撮ったという『文雀』がかかります。この作品は、監督の古き良き香港への愛着が込められているとのこと。
サイモン・ヤム、ラム・カートンといったお馴染みのキャストながら、いつもとはひと味違う作品のようで、楽しみです。
フィルメックスは明確なビジョンを打ち出しています「映画文化の未来を大切にします。
まだ世界には発見されることを待っている映画がたくさん存在し、未知なる作品や驚くべき才能との出会いは、新しい映画の発展を期待させます。
より進化した豊かな映画文化を迎えるためにできることは何かを考え、“あるべき映画祭”をめざしていきます。」
メイン(朝日ホール)とサブ(シネカノン有楽町1丁目)上映会場が近く、ゲストの来場も多く、部門が少ないので充実した映画体験ができるフィルメックス。
「祭」の雰囲気はありませんが、映画に対して以外の無駄遣いが少ない印象(あくまで印象ですが)は好感が持てます。
ただいくら朝日新聞が共催とは言え、映画鑑賞に適した椅子のある会場に移すか、いい加減朝日ホールが椅子の入れ替えに投資をする時期ではなかろうか。ハシゴする身には、優れた映画の観賞も苦痛になってくる。それでは映画にも観客にも失礼だし、もったいない。
『中国映画の全貌2008』
12月19日まで2ヶ月にわたり開催されている映画祭。
映画祭が丁度半分を過ぎた11月18日、謝晋(しゃしん)監督が84歳で亡くなりました。
以前にも書きましたが、『芙蓉鎮』(87年)は公開時に両親に連れられ、私が劇場で観た初めての中国映画でした。
子供が見るには刺激が強いというか、難易度が高かったのですが、架空の街を舞台に文化大革命に振り回された市井の人々を描いた悲劇ながらユーモアと、男女の心が寄りそっていく様子も交えて描かれています。
年齢を経て見直すとより深く理解できて感慨深いものがあります。
ほかに映画祭で見ることができる謝監督作品は、戦争の混乱で中国に残された日本人孤児と彼を育てる家族を描いた『乳泉村の子』(91年)。
香港の中国返還の年、97年に製作された、香港がどのような経緯で英国の植民地となったのかを史実に基づいて描いた『阿片戦争』。
政治に翻弄されながらも強く生きてきたて人々を見つめる作品を多く発表している謝監督。
来年以降の映画祭では、監督の他の代表作も見る機会があることを期待しています。
10月18日(土)〜12月19日(金)新宿K’s cinemaにて開催
配給:ワコー、グアパ・グアポ